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| 自然食の道を極めたい。その一心から、私、佐野が、ついに足を踏み入れた足助での農業修行生活。汗と泥にまみれながら、山のてっぺんで発見した食の原点を、皆さんに熱き想いと共にお伝えします!! |
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さて、2000年にスタートした実験農場での伝統野菜づくりも2年が経ちました。2003年は、もう一歩踏み込んで「タネはどこから来たのか」ということを調べています。
足助町というのは、かつての「塩の道」の中継地点でした。三河で塩をつくり、足助で荷造りし、長野のほうへ運んだ。そして帰路、長野のほうから持ち込まれた工芸品や文化などさまざまなものの中には、当然、食品やタネもあったでしょう。そして、それらは足助を起点にして名古屋や三河方面に流れていったと思われます。ということで、今度は伝統野菜を通じた文化というものを探りたいと考えています。
「塩の道」というのは文化的には非常に重要なものです。文化の源だと思います。塩というのは人間にとって絶対に必要なものなので、シルクロード以前に「塩の道」というものは必ず存在したはず。文化について調べるのであれば、むしろ塩の道のほうが奥が深いのではないでしょうか。だって、日本にはシルクロードというものはないんだから・・・。
具体的には、郷土史家といわれるような研究者たちに会って話を聞きたいと思っています。まずは足助の郷土史家。そして塩をつくった三河湾の吉良町、さらに長野の塩尻(そこまで塩が行っていたから「塩尻」という地名になったらしいですが)、そういうところの郷土史家からも話を聞きたいですね。伝統野菜がどういう流れで来たのか、本当にそこで固定していたのか、というようなことを知りたい。愛知県を中心に、「塩の道」の経路に沿って食文化を調べてみたい。伝統野菜というものを通して、そんなテーマが一つ見えてきました。
(・・・つづく)
●第7話は「自分で作って自分で食べる」についておおくりします。 |
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