自然食の道を極めたい。その一心から、私、佐野が、ついに足を踏み入れた足助での農業修行生活。汗と泥にまみれながら、山のてっぺんで発見した食の原点を、皆さんに熱き想いと共にお伝えします!!
 自分の食べるものは自分で作れる土地があって、シックハウス症候群を起こさないような建物があって、自然のエネルギーを活用できて・・・といろいろな要素はあるだろうけれど、要するに、いまよりも人間らしい暮らしができる場所というのはどこか。それは、都会ではなくて、ある意味で農村だと思う。昭和初期の頃の人口分布は、農村80%、都会20%。いまは逆になっている。だから、簡単に言えば、いかに都会の人たちが農村へ入れる状況をつくるかということ。それにもレベルがあって、農村で暮らす人もあるだろうし、農村へ通う人もいるだろう。
 私たちの農場は無農薬が基本なので、周りの環境も公害のないところがいいと思った。借りた土地は山のてっぺんだから、車の排気ガスなんかもある程度は防げる。人間の手はいろいろ入っているけれど、修復可能な部分もあった。そういう意味で、非常にいいな、と思ったし、都会の人が農的な暮らしをするベースとして、足助あたりは適当だと思っている。
 ところが、その私たちの農場のある集落は、現在7〜8軒しか残っていない。じいさん、ばあさんばかりで後継者もいないので、いずれは廃村になることも覚悟しているようだ。それならば、都会の人でも、理解のある人に土地を貸して入ってもらうことを考えてもいいような気がするが、なかなか難しいようだ。私はたまたま、足助に土地を借りることができた。地主のおばあちゃんは、空いている500坪の土地の面倒をみることができなかった。だから、私が使うことによって荒れないだけでも助かっていると思う。「佐野さんも家を建てて、ここに住まないか」と言ってくれるし、私ももともと田舎で暮らしたいとは思っていた。でも、周囲の人みながいい顔をしてくれるわけではない。農村社会は閉鎖性が強い。「都会者」「外部者」の受け入れを拒否する社会だ。そこらへんの意識を変えようと、行政を絡めていろいろ頑張っているけれど、なかなか難しい。「お百姓さんは都会の人に土地を解放してほしい」ということをスローガンにして、そんな問題にも取り組んでいかなければならないようだ。
(おわり)
 

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