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| 自らを“無限責任社員”と称する野田氏が愛してやまない、蔵併設の直売店はまさにノダ・ワールド。そこは、訪れる人の五感を刺激し、彼の味噌づくりに対する考え方、職人たちへの愛情を心地よく伝えているギャラリーそのものです。 |
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店の入口のドアは、夕方5時になると、ピューっというすごい音がして閉まる。商売気がないと言えばないんだけれど、5時になったとたんに、ヨーロッパのレストランみたいにピュッと閉めてしまう。味噌がほしかったら5時までに入れ、というこ
と。日曜日も祝日も売らない。本来は、日曜日なんかは売り時だと思うけれど、僕らのリズムにお客さんをどうやって合わせていくことができるか、という実験の場でもあるわけ。いままで常識だと思ってきたことを、ちょっと外してみる。例えば、う
ちのこの店は、いつ来ても同じ値段。ある意味では、安売りしないなんて普通ではないらしい。スーパーみたいに安売りしてみようかな、と思ったこともあったけれど、やめた。安売りするぐらいなら、ただで上げちまえっ、と思う。それで、値段では一切サービスしないけど、量り売りだから、手加減ができるわけ。それも、こういう店だからできること。ちょっと多めに包んであげよう、なんて気持ちを込めることができる。「1キロください」と言われたら、1キロ100g包んでもいい。そういう世界をどこに、どうやってつくっていくか。そういうことを考えると、面白い。
僕らの商売、あるいは味噌づくりという世界は、例えば、「こういう新しい技術が出ました」「いまはこういうニーズです」と言われると、そちらへふわっと流れてしまいそうになる。そうでなくて、もっと自分たちの生き方とかパターンでもって、踏ん張って継続してみる。あきらめずに。だから最近、従業員たちに言うのは、難しいことではなくて、「なかよく、我慢のきく子」ということ。我慢が必要な時に我慢できる人になってほしい。そして、そういう思いを味噌の上に乗せて社会に発信したい、と思っている。難しいことだけど、そういうことができないだろうか。 「がんこなこだわりを持って味噌を作っておられますね」ともよく言われる。たしかに、自分にとってうまいと思える味噌を作りたいとは思う。ただ、作っているという意識はあまりない。「放っておいても出来てくるだろう」という気持ち。作ってやろう、という作為は極力はずす。そうして出来た味噌が「無為自然」。作為なく自ずから然り。老子の教えだけど、要は、なるようにしかならない、ということ。うまい味噌を作れるテクニックがあったら教えてほしい。そんなものは、ないはずだ。
あえて言うなら、その中に一生懸命さが入っているかどうか、真面目さが入っているかどうか、継続性が入っているかどうか。そして、最後の最後は、なるようにしかならない、ということ。味噌なんて仕込んだら終わりで、あとは僕らにはさわれない世界に入っていく。見守るしかない。だから、誰が作っているかといったら、空気だし、環境だし、時間。じゃあ、作っているのかというと、作ってない。待っているだけ。それをうちの先々代が、「味噌は作ってはいかん、味噌は育てろ」というふうに言った。僕にとっては、そのへんに全てが起因しているような気がする。だから、それを素直に、この店で表現していきたいと思っている。
(・・・つづく)
●第9話をお楽しみに・・・。
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