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| 自分の子どもに食べさせたい豆腐をつくればいい。それに気づいて以来、コツコツと積み上げてきた“いしかわ流”の価値観を、21世紀「マインドの時代」にあるべき日本の農業から経営者像に至るまで、さまざまな観点から紐解きます。 |
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人間は、基本的には三度三度、食事をするもの。食べないといっても、まったく食べないで生きている人はいない。そんなのは仙人ぐらいだ。その仙人だって霞を食っているそうだから、生きていくためには何らかのかたちで必ず食というものはついてまわる。その食のことを、たまたま僕らは職業にしている。
そこで思うのは、食事をとることが、いわゆる行為ではなく、喜びに結びつくことが大事だということ。腹を満たすだけなら単なる行為にすぎないけれど、食事をすることによって楽しい思いができたとか、新しい出会いができれば、それは喜びになる。それは、他人との関係でのことだけではない。実は、家庭での食事から生まれることこそがとても大事なんだ、と思っている。お父さん、お母さん、子どもたちが一緒にご飯を食べると、いろいろな話をするはず。「今日のお豆腐、おいしいでしょ。豆腐工房で買ってきたのよ」とか「買い物の途中で誰々さんを見かけたよ」というお母さんのおしゃべりがきっかけになって、今日あんなことがあったよ、こんなこともあったよ、とみなが話し始めて話が盛り上がるかもしれない。食事というものをベースに話が広がるならば、食事はとても大事なことと言える。僕は小学校へ豆腐づくりを教えに行くと「今日、学校で豆腐づくりをやったよ。どこかの豆腐屋のオジサンがきて、いろんな話してくれたよ。で、豆腐食べたら、スッゲエうまかったよ。という話を家でしてね」と必ず子どもたちに言うことにしている。おじさんの名前は忘れていいけれど、豆腐を食べたことだけは覚えていてね。それで、ホントにおいしいお豆腐だったよ、ということを伝えてほしい、と。そうすると子どもたちは、家でいろいろ話すらしい。そこで石川の名を出してくれたらラッキー、って感じだ。
(・・・つづく)
●第10話は「たかが豆腐、とは言えなくなる」についておおくりします。 |
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