 |
  |
 |
 |
| 自分の子どもに食べさせたい豆腐をつくればいい。それに気づいて以来、コツコツと積み上げてきた“いしかわ流”の価値観を、21世紀「マインドの時代」にあるべき日本の農業から経営者像に至るまで、さまざまな観点から紐解きます。 |
|
|
|
|
 |
果たして手作りとは何か。味自体のファクターを大きく変えてしまう場合や、手でやった方が美味しくなるならば、そこは機械を使わずに手を使えばいい。例えば、醤油をタンクから別のタンクへ移すとき、バケツで運ぶよりも、ポンプを使った方が早い。ならば、ポンプの存在意義はある。道具として必要ということ。ビンを洗う機械もあるけれど、手で洗った方が美味しくなるならば手で洗えばいいけれど、そうでないなら、機械に任せればいい。すべてを手作りしたために単価が跳ね上がってしまったら、日常食品ではなくなってしまう。
僕らが機械を入れていくのは、平素食べられる金額に収めたいから。末端価格は、普通よりも少し高いぐらいのところで押さえたい。マニア的なもの、例えば1年に1回、あるいは10年に1度食べればいいようなものを作るのであれば、ビンも全部手で洗えばいいけれど、豆腐はそうではない。僕たちは、多くの人が毎日、何気なく食べているものを作り続けることが大事だと思っている。自然食を推進している人たちにそう話すと、よく怒られるけれど。
(・・・つづく)
●第17話は「消費者にはきちんと話をする」についておおくりします。 |
 |
 |
|
|
|
| Copyright(C)NITTO JOZO.Inc.All RightsReserved |
| |
|